どうも、ぶきっちょです。
今回は変なテンションでお届けします。
ニュースとかテレビでよく目にするようになった「貧困女子」という言葉。
あまり興味を持っていなかったが、何の気なしにググってみると、バラつきはあるものの、大体こんな意味のようだ。
『手取りがおよそ月10万~15万円くらいで、生活していくだけで精一杯の女性のこと』
あとは、
『所得から家賃を引いて84,999円以下(生活保護基準)なら貧困』
という定義も見受けられた。
そして衝撃の事実に気が付く。
えっ、私の年収・・・貧困女子?
そもそも貧困女子って何だよ
もはや当たり前のようにメディアに出てくるから違和感ない人が多いのかもしれないが、「貧困女子」って何なんだ。「貧困男子」はどこに行ったんだ。「ホームレス」は「貧困男子女子」っていうことでいいのか。
「スイーツ女子」とか「山ガール」みたいなノリで「貧困女子」とか名付けられても、なんか見下されているような気がしてならないのは私だけだろうか。
こんなに楽しく生活してても「貧困女子」
自分が「貧困女子」だったことがそんなにショックなのか、謎のモヤモヤが止まらない。
確かに「貧困女子あるある」の会社にお弁当持参とか、お茶作って持参とか、料理は一気に作って冷凍させておくとか、一通りのことはやってるよ。
でも別に苦しくてやってるわけじゃないよ!
自炊してバランスよく野菜取った方が体にもいいし節約になるし、料理覚えられるし、いいこと尽くしだからやってるんだよ!
外食ばっかりだと塩分も多いし健康に良くないよ!
貧困女子万歳!!
本当に生活が苦しい「貧困女子」
…とまあここまでは怒り半分冗談半分で書いてきたが、真面目な話をしよう。
前述の定義に当てはまる人は3人に1人くらいの割合でいたりすると聞いたことがあるが、いくらなんでも範囲が広すぎである。
広すぎて、本当に「貧困」で苦しんでいる人が、「貧困女子」というチャラチャラした(私の主観だが)言葉で隠れてしまわないかが心配だ。
いくつかドキュメンタリー番組も見たが、本当に精一杯働いているのに、自分ではどうしようもない不運が重なって貧困に陥っている人々が取り上げられていた。それでも、見た人によっては「甘えだ」とか、「努力が足りない」とか感じるものもあるようで、そういったコメントが寄せられている動画もあった。そんな人々にとっては、「貧困女子」=「甘え」みたいな固定観念ができてしまうのではないだろうか。
言葉を作ることによって、「こんな状態の女性たちがいる」ということが社会的に認知されるのは良いことだが、一方でその言葉自体がマイナスのイメージを持ち、誤った印象を与えてしまう危険をはらんでいる。
「貧困」でも楽しく暮らすには?
「貧困女子」とひとこと言っても、その生活っぷりはピンからキリまで色々ある。
ちょっとの貧乏であれば楽しめる、というかむしろ工夫する余地が色々あって楽しいと思うのだが、それも程度の問題。
大きな病気をしても医者にも行けない、という状態はかなり厳しいだろう。
生活を切り詰めて、どう生き延びるかだけを考えて暮らすのは精神的にも非常に辛い。
そんなとき、やっぱり重要な役割をになってくるのが『周囲の人間』だ。
「貧困」と上手くやっていくのはコミュニティが不可欠だ。
大きな意味では国(生活保護が受けられる)、身近なものでいうと家族・友人・隣人や同居人(お互いに助け合える)。
都会ではコミュニティに属していない人は珍しくない。
会社と家の往復で、一人暮らしだったりすると、休日はそれこそ誰とも話さなかったりする。
ここで二つの提案がしたい。
<貧困でも楽しく暮らすには?>
・シェアハウスに住む(安い&コミュニティに属せる&食材シェア可能)
・貧困女子サークルを立ち上げる(節約の情報交換&仲間づくり)
これもある程度心の余裕がないとできない事柄だとは思うが、それでもやっぱり「人との繋がり」が、どんなときも必要不可欠だし、大きな支えとなると考える。