アラサー独身女が、赤ちゃんを産んだ旧友に会って衝撃を受けた話

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こんにちは。
人生は「こうしたら幸せになれる!」なんて簡単なものではないけど、幸せ自体は結構シンプルなものかもしれない。ぶきっちょです。

先月、幼稚園から知っている旧友が出産をしたという知らせを受けた。

彼女とは、小学校卒業以降は別々の道を歩んだが、年に何回かは会って遊ぶ仲だ。

「じゃあ、落ち着いたら会おうね!」

そう約束して約1ヶ月。

落ち着いたようなので、早速家に会いに行くことに。

緊張も少ししていたが、それを上回る衝撃を受けたのでまとめてみる。

フレンドストーリーは突然に

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私の衝撃の大きさを説明するためには、私と彼女(仮名:クミコ)の馴れ初め――もとい、出会いを簡単に話しておく必要がある。

あれはたしか、幼稚園の年中のとき。

クミコを見て、

「あの子、すごい大人しいなー」

といつも思っていた。

そして、今以上に好奇心がむき出しだった私は、

「ちょっかい出したら、どんな反応するかな?」

とむやみに話かけたりしていた。

そんなこんなで――気が付いたらめちゃ仲良くなっていた。

お互いに波長が合ったのもあるし、基本的に人見知りで引っ込み思案で傷つきやすいという性格がとても似ていたからだろう。

それは同じ小学校に入ってからも変わらず、クラスは違っても一緒に帰ったりしていた。

下校中。

私がバカな話をしたりふざけたりすると、学校では寡黙な彼女が涙を流さんばかりに笑ってくれる。

それが本当に嬉しくて、楽しかった。

こうしてクミコは、ぶきっちょの数少ない友人のひとりとなる。

まるで分身のように感じていた旧友

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小学校を卒業後も、クミコとは度々会っていた。

一緒にテレビゲームをしたり、好きなアニメについて熱く語ったり、ライブに行ったり。

大学を卒業し、お互いが社会人になった頃、クミコはメンタルを崩した

詳しくは書かないが、環境のストレスと自分を責めやすいクミコの性格が、ひたすら彼女を追い詰めていったのだと思う。

そして遊ぶ約束をしても、クミコが体調を崩してしまい、会えなくなることが増えてきた。

その時期の私は、「話を聞く」「そっと見守る」ことしかできなかった。

私以上に感受性が豊かで、傷つきやすく、自分を追い込みやすい彼女に対し、私はまるで自身の分身を見ているように感じていた。(もちろん、異なる部分も色々あるが。)

そんなこんなで、連絡を取りつつたまに会う、という関係が続き…今回の吉報が届いたのだ。

緊張!旧友の赤ちゃんとご対面

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家に向かう当日。

連絡は取り続けていたが、実際に会うのは1年以上ぶりだ。

しかも今回は、クミコの赤ちゃんもいる。

ドキドキ。

自分の分身のように感じていた旧友が、母になった。

母になった旧友と、その赤ちゃんに、どんな顔をして会えばいいんだろう?

「普通に会えばいいんだよ!」

と言われるかもしれないが、本気で考えてしまうのだ。

近しいと感じているだけに、考えてしまう。

もしかしたら、私が知っている彼女ではなくなっているんじゃないか?

嬉しい気持ちよりも、寂しい気持ちを大きく感じてしまうんじゃないだろうか?

不安は募る。

彼女の家に着いた。

「ぶきっちょ!ひさしぶり~!」

そこには、赤ちゃんを大切に抱いた、クミコの笑顔があった。

衝撃を感じた。

1/3の純情な感情

結論から言うと、クミコは変わっていなかった。

不安定なメンタルも、不器用さも、真面目なところも、全然変わらないまま、私たちは近況報告などをしあって、不安なことを相談し合って、笑いあった。

じゃあ何が衝撃だったのか。

クミコを見た瞬間に抱いた率直な感情は、

「大人になったなあ…!」

という感心に近い感動だった。(親戚のおっさんか。)

ランドセルを背負い真面目に学校通いをしていた彼女が。

大人になってからも悩みが尽きず、波乱万丈な日々を送って来た彼女が。

今、立派に子供を育てている。

私と話すときは相変わらずだが、赤ちゃんをあやすクミコの顔はもう母親そのものだ。

そんな光景と、部屋に差すオレンジ色の夕日の切なさも相まって、なんだか泣きそうになってしまった。

まとめ

私にとって旧友はずっと旧友なわけで、結婚しようが子どもを産もうが、死ぬまで旧友だ。

それは変わらなかった。

また会いに行こうと思う。

…そういえば、初めて赤ちゃんに哺乳瓶でミルクをあげる、という行為をした。

ダイソンに負けない吸引力を見せていたから、立派にすくすくと成長してくれるに違いない。