「人生を半分あきらめて生きる」で心が軽くなった話【感想】

こんにちは、ぶきっちょです。

最近、空いている時間で本をひたすら読み漁っている。

「これからどう生きるか」

「自分にとっての幸せとは何か?」

「現状を変えた方がいいか、変えない方が良いか」

など色々悩んでいるせいか、「読みたい!」と手に取るものは自己啓発本ばかり。

それも、『自分を鍛えろ!』とか『もっと上を目指せ!』系の疲れるものではなく、

『逃げまくれ!』とか『マイペースで良い』とかゆるい感じのものだ。

そっちの方が、自分の価値観に合っていて、無理がなくて癒される。

その中で出会った本のひとつ、

『人生を半分あきらめて生きる』(著者:諸富 祥彦)

の紹介をしたい。

あきらめる、という発想がなかった

この本には、「本当にあきらめたくない」ことはあきらめなくても良いが、それ以外は「あきらめる」ことでもっと気楽に生きていける、という考えが書かれている。

ネガティブにとらえられがちな「あきらめる」という行為を、ポジティブに使おうというのだ。

その発想はなかった。

これまでの私は、

「こんな状況なのは自分の努力が足りないせいだ」
とか、
「もっとちゃんと続けないと」
とか、

すべてのことに対して真面目になりすぎていたように思う。

その理由は、自分が後悔したくないからだと考えていたが、そもそも、

「あきらめることは良くないことだ」

と思い込んでいたことにある。

「あきらめる」は悪いことではない

「諦める」という言葉はもともと仏教用語で、「つまびらかにする」「明らかにする」という意味らしい。

ものごとの道理を明らかにして、納得をしたうえで執着を断ち切る、それが「諦める」という行為なのだそうだ。

ただ単に、「もうヤだ!諦めた!」と投げやりに行うものではない。

そう考えると、「結婚しなきゃ!」とか「正社員にならなきゃ!」とか、「マイホームを持たなきゃ!」とか、なんとなく執着しているものについて今一度考え、理由を明らかにし、納得がいけば「諦める」。

それによって、自分が本当に手放したくないと思っているものが見つかるのかもしれない。

日常で小さく「あきらめる」を実践

この本を読んだ人が、必ず実践するであろう小さなあきらめの練習がある。

何かにつまずいたり、失敗をしてしまったとき。

「まあ、いっか!」

と意識的に思ってみること。

自分のつまずきや失敗に対して寛容になることで、心のゆとりが生まれ、自分を追い込むよりも前向きに努力ができるようになる気がする。

著者の考えをもっと知りたいという方は、ぜひ一読してみて欲しい。